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福井地方裁判所 昭和59年(ワ)53号 判決 1985年3月29日

原告

鈴木あきら

被告

熊谷太一郎

右訴訟代理人

小嶋正己

小酒井好信

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、株式会社熊谷組に対し、金三四七五万〇二五〇円を返還せよ。

2  被告は、株式会社熊谷組の計算においてなす熊谷組持株会会員に対する無償の利益供与を直ちに中止せよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五七年三月三一日から引き続き株式会社熊谷組(以下「熊谷組」という。)の株式を有する株主であり、被告は、熊谷組の代表取締役である。

2  熊谷組は、昭和五七年一〇月一日から昭和五八年九月三〇日までの間に、熊谷組の大株主である熊谷組持株会(以下「持株会」ともいう。)の会員らに対して、合計金三四七五万〇二五〇円を無償で供与した。

3  しかも、熊谷組は、右以後も現在に至るまで右と同趣旨の金員の供与を継続している。

4  右の熊谷組の各行為は熊谷組の代表取締役である被告においてなしたものである。

5  そこで原告は、昭和五九年一月七日付で、右金員の供与は、株主に対する利益供与の禁止法令に違反する違法な支出であるとして、熊谷組に対して被告の責任を追及するための訴訟を提起するよう、書面をもつて請求したが、熊谷組は、右請求から三〇日を経過しても右訴訟を提起しない。

よつて、原告は、熊谷組のため、被告に対し、右の金三四七五万〇二五〇円を熊谷組に賠償すること及び本件利益供与を継続するときは、熊谷組に回復すべからざる損害を生ずるおそれがあるので、右行為を中止することを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実はすべて認める。

三  抗弁

1  持株会は、会員の財産形式と会員と会社との共同体意識の高揚を図ることを目的として、熊谷組及び同社が全額出資する子会社の従業員を会員として結成された民法上の組合である。

2  持株会の規約は別紙「熊谷組持株会規約」のとおりであり、持株会は、これに基づき次のとおり運営されている。

(一) 職員は、勤続年数、男女を問わず入会することができる。

(二) 会員は、月額積立として、毎月給与支給日に一口金一〇〇〇円、一〇口を限度とする一定額を賞与時積立として各賞与支給日に、月額積立口数の三倍の額を、それぞれ積立て、持株会は右積立金によりその都度熊谷組の株式を購入する。

(三) 右により購入された株式は、会員総会により選出された理事の互選による理事長の名義で株主名簿の書換えをなし、会員の口数に応じて登録配分される。会員は、右登録配分された株式を理事長に管理の目的をもつて信託するものとする。

(四) 右株式の議決権は、理事会の決議に基づき理事長がこれを行使するが、会員は、登録配分株数に応じて、株主総会ごとに理事長に対して特別の指示をすることができる。

(五) 会員は、登録配分された株数が三〇〇〇株以上になつたときは、一〇〇〇株を単位として適宜その株式を引出すことができ、また、退会するには何らの制限もなく、退会したときは、その登録配分された株式は、当該会員に返還される。

3  熊谷組は、持株会の制度目的に沿つて、従業員の財産形成の助成、会社との共同体意識の高揚、勤務意欲の増進等の従業員の福利厚生の一環として、同会との取決めに基づき、原告主張の期間に、月掛積立、賞与時積立ごとに積立金額の五パーセントの割合による金員、及び会員一名につき年金四〇〇円(取扱証券会社に対する事務委託手数料相当額)を奨励金として支出したものである。

4  右のとおり、熊谷組がなした持株会会員に対する金員の供与は、株主の権利の行使に関してなされたものでなく、このことは、前記の持株会の運営上、各会員の議決権行使の独立性が確保されていることや入退会に際して何らの制約がないことからも明らかである。

よつて、被告のなした行為には、何ら違法な点は存しない。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  抗弁1ないし3の事実は認める。但し、持株会の実質的な目的及び奨励金の趣旨については争う。

2  同4の主張は争う。

3  被告は、熊谷組の持株会会員に対する奨励金の支出目的を愛社精神の向上、福利厚生、財産形成等の一環であるなどとしているが、それはあくまでも表向きの口実にすぎない。なぜなら、株式投資は投機性が強く、当然株価の高低の変動が著しく激しいから、持株会会員に対する奨励金が被告主張の前記目的に貢献する保障はまつたくないからである。

したがつて、奨励金支出の真の目的及び実体は、被告の不当な経営戦略、独善独裁経営の敢行を前提とした不当な安定株主工作の一環として行なわれているものと見てよい。

よつて、奨励金は、株主権行使に係わる不当、違法な供与金といわざるをえないのである。

4  また、会社とゆ着関係にある特定の持株会会員への巨額の奨励金支出は、利益供与の禁止法令のみならず、株主平等の原則にも著しく違反するものというべきである。

5  商法二九四条ノ二は、あくまでもいわゆる総会屋憎さの余り設定されたリンチ的、異常な差別限定法規であるふしは否めない。しかし、右が、いわゆる総会屋のたぐいのみが厳罰の対象となり、その他の者がまつたく処罰の対象とならない結果をもたらすならば、これは憲法の定める法の下の公正、平等の精神に著しく違反し、とうてい容認することができない。

よつて、利益供与の禁止は、いわゆる総会屋に対してのみならず、持株会の会員を含め万人に公平に適用されるべきこというまでもない。

そうすると、本件の奨励金の供与がこれに該当することは明らかである。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因事実は、当事者間に争いがない。

右によれば、熊谷組の支出した金三四七五万〇二五〇円は、特定の株主である持株会の会員らに対して無償で供与されたものであるから、商法二九四条ノ二第二項前段により、株主の権利の行使に関して供与されたものと推定される。

二そこで、抗弁につき判断する。

抗弁1ないし3の事実は、持株会の目的及び奨励金の趣旨を除き当事者間に争いがない。

そして、<証拠>によれば、持株会は、熊谷組及び同社が全額出資する子会社の従業員が、小額資金を継続的に積立てることにより熊谷組の株式を取得し、もつて従業員の財産形成をなし、会社との共同体意識の高揚を図るという目的で設立された団体とされており、一方、熊谷組は同会の趣旨に賛同して、同会との取決めにより、同会の会員たる従業員に対して、従業員の勤務意欲向上等の趣旨も含めて同社の従業員に対する福利厚生の一環として、被告主張の額及び割合による奨励金を支払うこととされていることが認められ、右に反する証拠はない。そして、ほかに特段の事情がない本件においては、持株会は別紙持株会規約の定めに従つて運営されているものと推認するのが相当である。

ところで、原告は、右は表向きの目的にすぎないとし、持株会の真の目的は熊谷組取締役らの安定株主工作等にあり、奨励金は、その趣旨に沿い、株主の権利行使に関してなされるものであると主張している。

しかして、前記争いない抗弁事実と別紙持株会規約によると、持株会は右規約によつて設立された民法上の組合であるところ、右規約五条3項には「退会した会員の再入会は原則として認めない」旨、また一八条により投資した株式は二〇条により会員に登録配分されることになるが、この登録配分された株式はそのままの状態では二四条により処分ができないとされているほかは、従業員が持株会への入退会をするにつき特段の制約はなく、また、取得した株式の議決権の行使についても、制度上は、各会員の独立性が確保されており、更に、持株会の役員の選出方法を含め熊谷組の取締役らの意思を持株会会員の有する株式の議決権行使に反映させる方法は制度上はなく、会員は、保有株式数が一定限度を超えた場合にはその超えた株式を自由に処分することもできることが認められるうえ、前示争いのない奨励金の額又は割合も、前示規約等のいう趣旨ないし目的以外の何らかの他の目的を有するほどのものではないと認めるのが相当である。

そして、右に認定した退会した会員の再入会を認めないとの制約は、本件持株会のような団体にあつては当然の合理的な制約であると認めるのが相当であり、また、登録配分された株式の処分禁止の制約は、持株会が民法上の組合であることに由来する、事柄の性質上当然の制約であると認められるのである(民法六七六条一、二項)。

以上の認定判断によれば、熊谷組が持株会会員に対してなす奨励金の支払いは、被告主張のとおり、従業員に対する福利厚生の一環等の目的をもつてしたものと認めるのが相当であるから、右は、株主の権利の行使に関してなしたものとの前記推定は覆えるものというべきである。

なお、原告は、奨励金の支出が株主平等の原則にも反するとも主張するが、右のとおり、奨励金は株主たる地位に基づき支給するものでなく、熊谷組の従業員等の地位に基づき支給するものというべきであるから、右主張も前提を欠き理由がない。

三以上のとおり、熊谷組の奨励金支出は違法なものとは認められないから、これを前提とする原告の請求はいずれも理由がない。

よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(高橋爽一郎 園部秀穗 石井忠雄)

熊谷組持株会規約

(名称)

第一条 この会は、熊谷組持株会(以下「本会」という。)と称する。

(会の性質)

第二条 本会は、民法上の組合とする。

(目的)

第三条 本会は、会員が小額資金を継続的に積み立てることにより、株式会社熊谷組(以下「会社」という。)株式の保有を奨励しその実行を容易ならしめ、もつて会員の財産形成と会社との共同体意識の高揚を図ることを目的とする。

(会員の資格)

第四条 会員は、会社および会社が全額出資する子会社の職員に限る。ただし、役員は除く。

(入会・退会)

第五条 前条の職員は、本規約を承認の上、本会に入会することができる。

2 会員が退会しようとする場合は、理事長に申し出なければならない。ただし、次の各号のいずれかに該当する場合はこの限りではない。

(一) 会員が退職、その他の理由により会員の資格を喪失した場合

(二) 本会の趣旨、目的に反する行為があつたため理事会において退会を決定した場合。

3 退会した者の再入会は原則として認めない。

(会員名簿)

第六条 本会は、会員名簿を作成し、これを本会事務所に備えておくものとする。

2 会員名簿の記載事項は次のとおりとする。

(一) 会員の氏名、住所、所属統轄店所

(二) 入会日および退会日

(三) その他必要事項

(主たる事務所の所在地)

第七条 本会は、主たる事務所を東京都新宿区津久戸町一七番一株式会社熊谷組企画室内におく。

(機関)

第八条 本会には、次の機関をおく。

(一) 会員総会

(二) 理事会

(三) その他総会ならびに理事会の決定により設ける臨時の機関

(会員総会)

第九条 本会には、会員全員による総会を設ける。

2 総会は、毎事業年度終了後一カ月以内に開催する。ただし、必要に応じて臨時総会を開催することができる。

3 総会は、理事長がこれを招集する。

4 会員は、各一個の議決権を有する。

5 会員は、他の会員を代理人として議決権を行使することができる。

6 総会の決議は、出席会員の過半数をもつてこれを行う。

(総会決議事項)

第一〇条 次の事項は、総会の決議により行うものとする。

(一) 本規約の改正

(二) 理事および監事の選任ならびに解任

(三) 事業報告書の承認

(四) 本会の解散

(五) その他理事会が必要と認める事項

(役員)

第一一条 本会には、次の役員をおく。

(一) 理事長 一名

(二) 理事 若干名

(三) 監事 若干名

(役員の職務)

第一二条 理事長は、本会の業務を執行し本会を代表する。

2 理事は、理事長を補佐し、理事長に事故あるときは、理事の互選によりうち一名が理事長に代わるものとする。

3 監事は、本会の業務および財産の状況を監査しその結果を総会に報告する。

4 前各項に定める場合を除き、各役員は、本会の業務執行権および代表権を有しない。

(役員の任期)

第一三条 役員の任期は三年とする。ただし、再任をさまたげない。

2 増員または補充のため選任された役員の任期は現在者の残任期間と同一とする。

(理事会)

第一四条 理事会は、理事長が必要に応じてこれを招集する。

2 理事会は理事の過半数の出席をもつて成立し、決議は出席理事の過半数をもつて行う。

(理事会の決議事項)

第一五条 次の事項は、理事会の決議により行うものとする。

(1) 本規約の解釈に関する事項

(2) 熊谷組持株会運営細則の改廃

(3) 本会の計算に関する事項

(4) 総会開催の日時および総会付議事項の決定

(5) 株式会社熊谷組株主総会に対する議決権行使に関する事項

(6) 理事長の選任

(7) その他重要と認められる事項

(積立・休止)

第一六条 会員は、毎月一定の積立(以下「月掛積立」という。)を行い、賞与時には一律月掛の三倍の口数を積み立てる。(以下「賞与時積立」という。)

2 会員は、前項の積立を理事長の承認を得て一時休止することができる。

(奨励金)

第一七条 会員は、本会と会社との間に締結された覚書に基づき、一定の割合の奨励金を会社から受けるものとする。

(株式への投資)

第一八条 第一六条の積立金および前条の奨励金から経費を差し引いた金額は、一括して株式への投資に充てる。

2 第二一条第2項により理事長名義に書換えられた株式に対する配当金(税金分を除く。)は、一括して株式への投資に充てる。

(増資新株式の払込)

第一九条 株主割当として発行される新株式の割当があつたときには、割当てられた増資新株式については、全員これを払い込むものとする。

(投資株式等の登録配分)

第二〇条 第一八条1項により投資した株式は、会員の積立口数に応じて登録配分する。

2 第一八条第2項により投資した株式は、会社決算期末現在の登録配分株式数に応じて登録配分する。

3 第一九条により取得した株式または無償交付その他の原因により割当てられた株式は、割当日現在の登録配分株数に応じて登録配分する。

(投資株式等の管理および名義)

第二一条 会員は、前条により自己に登録配分された株式を理事長に管理させる目的をもつて信託するものとする。

2 前項により理事長が受託する株式は、理事長名義として会社の株主名簿に名義を書き換えるものとする。

(議決権の行使)

第二二条 前条第2項により理事長名義に書き換えられた株式の議決権は、理事長がこれを行使するものとする。

ただし、会員はその登録配分株数に応じて株主総会ごとに本会理事長に特別の指示をすることができる。

(投資株式等の引出)

第二三条 会員は、第二〇条により登録配分された株数が三〇〇〇株以上になつた時一〇〇〇株を単位として引出することができる。

(処分の禁止)

第二四条 会員は、登録配分された株式を他に譲渡し、または担保に供することができない。

(退会時の株式等の返還)

第二五条 会員が退会したときは、当該会員に登録配分された株式(小数第三位以下を切捨てる。)および株式購入残余金(一円未満を切捨てる。)を当該会員に返還する。

2 一〇〇〇株未満の株式については前項にかかわらず時価に換算の上、現金で交付するものとする。

(事業年度)

第二六条 本会の事業年度は毎年四月一日より翌年三月三一日までとする。

(事業報告)

第二七条 理事会は、毎事業年度終了後次の書類を作成し、監事の監査を受けたのちこれを総会に提出してその承認を得なければならない。

(一) 事業報告書

(二) 収支計算書

(通知)

第二八条 本会の通知は原則として社内掲示板により行う。

(事務局)

第二九条 本会には、会員名簿の管理その他本会の運営に必要な事務を処理するための事務局を設ける。

2 前項の事務局には、事務局長一名および事務職員若干名をおく。

(事務の委託)

第三〇条 本会は、事務の一部を大和証券株式会社に委託する。

(経費の負担)

第三一条 本会の運営に必要な経費は、奨励金のうちから会員が負担する。

(運営細則)

第三二条 本会の運営および事務手続の細目は、別に定める熊谷組持株会運営細則によるものとする。

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